もう、随分前から新宿の駅前路上で活躍しているので、彼の名前をきいたことはなくても、彼の演奏を聴いたことがある方は多いかもしれません。
彼の名は兄蔵。ちょっと大きめの独特のベースをもち、奏でる音楽もベース一本とは思えないほど、ひとつの音楽として完成されたもの。プレイのテンポとかはちょっと違いますが、スタンリー・ジョーダンやマイケル・ヘッジズのベース版という方向性のタイプの音楽といえばよいでしょうか。
彼の音楽に足をとめ、直接手売りのCDを買ったのは、かれこれもう10年くらい前になるでしょうか。プレイをたっぷりと楽しみたくて、ライブハウスでプレイするところに聞きに行ったことも随分とありました。
新宿駅南口をとおるたびに、ギャップの前の広場のあたりで、独特のベースの音が聞こえてくると、何かうれしくなり、ついつい立ち止まってきいてしまいます。小雨の中でも、風の日でも、自らアンプとバッテリーをもち、黙々とプレイする姿は、ちょっと神々しくさえあったりします。
以前、話す機会をもったとき、彼が手売りで自らのCDを1年間で1000枚くらい売った・・ときいて、ちょっと驚いたこともありました。なかなかCDが売れなくなっている時代に、自らだけが売るという、ある意味たったひとつのお店でそれだけさばけるというのは、やはりそこに、本来の音楽のもつ魅力、力があるからなせる技なのだろうと思ったのでした。
生演奏とは、いい意味での実演販売なわけで、お客さまは商品に納得し、買ってくださるのですね。よく考えてみればCDショップで、ビニールでシュリンクされたままあてずっぽうで買うことに比べれば、はるかに良心的な、実は正しい商業ルールなのかもしれないとも思ったのです。いいものが売れるのはあたりまえなことなのですから。
しばらく新宿に行く機会もなく彼の演奏をきくこともなかった折、先日ふと渋谷のタワーレコードの棚で、彼のアルバムとポップを見つけたときには、ちょっと驚くとともに、なつかしい気持ちになりました。そして、そこについていた店員の方が書かれただろう、とても心のこもったポップにさらにうれしい感動におそわれたのでした。
最近ツイッターなどで、つぶやきがはやり、そこでひろがる口コミの伝播力について、語られることもふえてきましたが、音楽もまた本来口コミでつながるものなのかもしれません。評価する人、好きな人がいて、その個人が、他者に、「大切なもの」として伝えていく。
音楽は名前やブランドでの消費品ではなく、実際の音楽そのもののよしあしで、人々に選ばれていく、究極の嗜好品が本来の姿だからこそ、1枚1枚大切に売られて、買われていくべきものだったはずなのです。その意味で、テレビとのタイアップや大量の宣伝で売るCDの販売方法にはやはり実は自ずから限界があって、その手法にたよりすぎてきたところに、CD全体のマーケットが縮んできた大きな原因があるのかもしれません。もちろん彼が路上プレイをつづけていたことがもっともすばらしい努力であり価値なのですが、そのことが実って、タワーレコードのジャズの売り場で堂々と売られるにいたったのは、正当進化というか、きわめてうれしい音楽の力であったような気がするのです。
大切なのは、伝えたいと思った感動を、自らも発信し、人から人へとつなげていくことなのでしょう。その意味で、現代の現代にいきる伝説のひとつとして、兄蔵がさらに、人々に知られ、彼が音楽の力によって成功をおさめらていくことを、僕は願い、みなさまにおすすめしたいと思うのです。オススメです。

最近のコメント