投稿者 undecuplet | 2010/02/08

リンガ・フランカ(lingua franca)~リベラル・アーツ(liberal arts)の歴史(やりなおし教養講座/教養教育の誕生より)

先日は、リベラルアーツ入門:やりなおし教養講座(村上陽一郎著)より、序章を紹介しましたが、ひきつづき「第一章:教養教育の誕生」から、引用をしながらご案内してみたいと思います。

序章   教養の原点はモラルにあり
第一章       教養教育の誕生
第二章       知の世界への扉~古典語との出会い
第三章       日本の教養のゆくえ
第四章       大正教養人の時代~知的教養主義の伝統と継承
第五章       価値の大転換~戦後民主主義教育で失われたもの
第六章       いま、ふたたび教養論~規矩について
終章   私を「造った」書物たち

まずは、リベラルアーツ(liberal arts)に関する言語のことから。

よく言われることかもしれませんが、ドイツ語圏では長い間、知識人の使う言葉はドイツ語ではなかったんですよ。フランス語だったんです。

(中略)

知識人は、ラテン語を使わなければ学問の世界には入れないので、何よりも先ずラテン語を学ぶわけです。これはいわば知識人のパスポートですね。その代わり、ヨーロッパ中どこへ行ってもそれで話ができるという共通語、「リンガ・フランカ」(lingua franca)と言う言葉を使いますが、その役割をラテン語が果たすことになります。したがってそれが「教養」の最も基礎的なものになりましょうね。

よくリベラルアーツ教育をテーマにするとき、言語教育のことが語られます。大学の教養学部では、言語教育を課しているところも多いようです。

文法・論理・修辞学という三科目が、大学に入った人間がとにかく文句を言わずに学ばなければならない教養ということになるのです。

教養科目に相当する英語の「リベラル・アーツ」は、ラテン語では「アルテス・リベラーレス」(artes liberals)と言います。普通それは2つのカテゴリーに分かれます。いまの言葉についての「三者」を文字通り「トリヴィウム」(trivium)と言うんですが、英語の(trivial)という単語の語源であるという説があります。「トリヴィアル」という言葉の意味は、「何か特別には言い立てる必要がないほど当然、当たり前の」というものです。

(中略)

(artes liberals)のもうひとつのカテゴリーは「クワトリヴィウム」(quadrivium)という言葉で現されます。「四科」と訳されますが、この(quadrivium)というのは、天文学、算術、幾何学、音楽の4つの科目を言うんですね。このリベラル・アーツは「自由七科」と翻訳されることもあります。「リベラル」は「自由な」ですが、「アーツ」の中には「7」の意味は全くありませんから、そう訳すことはかなり意訳になりますが。

(中略)

自由人である市民層の人たちが身につけなければならない技というのはあるんだろうかということを問題にされたときに、奴隷とはまったく無関係に、言葉の技と自然を追求する技、つまりこの「三科」と「四科」とが、そういう自由人たる一般市民、高等市民の身につける技として理解された、それが「自由な技」という言葉になる意味だと考えられています。

かなり微妙ないいまわしで語られていますが、リベラルアーツ教育のそもそものところには、自由市民の「自由」ということに比重があったことがわかります。

このようにしてヨーロッパにおいては、知識人の基礎資格として「リベラル・アーツ」が定められたことになります。もうひとつ付け加えておけば、12世紀にヨーロッパに誕生した大学は、キリスト教を学問の大前提としていました。大学で教えられる学問体系は、「スコラ学」ですが、それはとりもなおさず「スコラ神学」でもあったからです。そしてスコラ学のなかでのリベラル・アーツの位置づけは、こうだったと考えられます。「三科」は「言葉」に関する基礎的な技ですが、それは結局は神の書いた書物としての「聖書」を読み、解釈し、またその結果を人々に説く、という目的を達成するための必須の技である。一方「四科」は、神の書いたもうひとつの書物である「自然」を読み解くという目的を達成するために必須の技である。「自然」は神の作品だから、そのなかには神の計画が書き込まれており、ちょうど「聖書」を読み解くのと同じように、これと並行して、「自然」という書物を読み解かなければならない。

そもそも歴史的にみれば、キリスト教とリベラル・アーツは切り離せないものなのでしょう。しかし逆説的にいえば、「自然をよみとく」ということにおける「自然」を語るにおいて、何を「自然」と考えるのか、そこに既に「リベラル・アーツ的視点」があったような気もします。

この10年ほど、日本の大学において「リベラル・アーツ教育」の減退がみてとれます。一方同様の現象として、大学進学時においても「手に職」という意識が、進学する本人やその親御さんたちからの潜在的ニーズとして強くなってきている印象があります。まさに「自由市民」思想の延長にある「高等遊民」への否定的ニュアンスなのかもしれません。それはつまり裏返して言えば、わたしたちが自分自身を「自由市民」ととらえているか否かということにたどりつくのかもしれません。

では、「手に職」ではない「高等遊民」的教育は本当にまったく要らないのでしょうか・・このあたり、実は、国民の抱く「リーダーの資質像」といったことと関係があるのかもしれません。

以前、リベラル・アーツについて書かれていたZACKY’S ALTERBLOGでもさらに触れられていますが、アップルのCEOジョブズ氏やオバマ大統領は、米国のリベラル・アーツ・カレッジの卒業生であったりします。ここで想像がいきつくのは、米国においては、自らの社会に必要としているリーダー教育について、明確なイメージがある・・ということです。

つまり、誤解を恐れずにいえば、「手に職」だけではない、自らを率いてくれる「リーダー」の「プロ」を、彼らは明示的に必要と考えていて、そのための教育システムをつくりあげてきている、ということです(このあたりは、もちろんヨーロッパでも同じでしょう。そのための高等教育のシステムがずいぶんと整備されている国があったりもします)。

ひるがえって、この国ではどうかというと、そもそも「リーダー」というものを、自らの延長線としての「自分らの代表」としてとらえようとする意識があるように感じられます。むしろ「プロのリーダー」というのを忌避する視点が強いのかもしれません。

リーダーは誰でもつとまるものなのか、それともプロのリーダーだからこそできることがあるのか・・このあたりは議論の分かれることでしょうが、今後のこの国の未来を考えるにあたって、重要な観点のひとつのように思われます。

教場で多く語りつづけられる「努力と競争によって何にでもなれる・・というある種の未来感」、一方その結果として逆説的に導かれる「教育競争の過熱」。あるいは人々に根強くある「一億総中流意識」と、現実に起きている「格差社会」。あるいは最近とみに語られる「リーダーとしての政治家・官僚への失望」と「自ら出世を拒否する若者たちの激増」という現象。このあたり、すべての根っこは同じところにあるのかもしれません。

「手に職」を大切にする一方、「リーダー」としてのプロを養成することは同じく重要ではないのか。そのプロのリーダーには「リーダーのプロ」でなければできない仕事があるとは考えられないのか・・欧米的な「リーダー養成システム」を是として考える視点に対し、「リーダーイメージ」自体が若干希薄なこの国においては、議論の高まりにはさらに時間を要するのだろう、という気もしています。あるいはまた、今後、世界の中においても、この国だけが社会システム自体が異なる方向に向かうのかもしれませんし、また以前のように揺り戻しがあるのかもしれませんが・・そのあたりのところもかなり興味深いところです。

いずれにせよ、この国におけるこれまでの「リベラル・アーツ」をめぐる道のりについて、そしてこれからについてさらに掘り下げてみることが必要な気がしてきました。国のありよう、システムのありよう、そしてこの国の未来にとって、とても連関した重要なテーマでさえあるのかもしれません。このあたり、機会をみてまたさらにひきつづき考えてみたいと思います。

yarinaoshi01


Responses

  1. 難しいですね。 「人を自由にする学問」でいいのでは?

    福沢心訓に、世の中で一番惨めなことは、人間として教養のないことです。とあるように。知らないことで、惨めにならないためのものだと思う。

    もっとも。実際は、知ることで惨めになってしまう情報ばかりなのが問題です。(上司の知性とか ecoとか。)

    • olizaさま コメントありがとうございます。なるほど、福澤心訓ですね。肩肘張らず「自由」をうまくとらえらればいいと思っているのですが、日常においてはどうもなかなか難しくて・・。


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