投稿者 undecuplet | 2010/02/28

清水靖晃・ゴールドベルグの夜

bach2月27日夜、外ではわずかな雨が残るなか、清水靖晃・バッハゴールドベルグ・コンサートは幕を開けました。

まずはすみだトリフォニーホールの会場に入るなり、その聴衆の多さに驚くととともに、胸がいっぱいなりました。
そう、考えてみれば、かつての靖晃さんのライブの多くは、古くは地下駐車場だったり、美術館だったりと、必ずしもたくさんの人を集めるのではない会場という印象でした。今回、クラシックの殿堂のような1800人も入るホールに、1階は満席、2階、3階もあわせてたくさんのお客さんが、彼のサキソフォンを待つ・・このふしぎなふわっとした感じに、ちょっとびっくりしたのと、何にもましてちょっとあたたかい人々の空気に、僕はまず驚きからスタートすることになりました。

清水靖晃さんの音楽の特徴は、コンサートという一面だけでなく、その場その場を真剣勝負の場に設定する巧みさにもあります。渋谷地下駐車場でも、水戸美術館でも、大谷石切場でも、お客さまは、どこでそもそも何が起こるのか(そのことからまずはわかりませんから)、身を構えてあたりをうかがいます。あるときは、スモークがたちのぼりすべてが乳白色の中から彼があらわれてみたり、あるときは、漆黒の中でサキソフォンの音色だけが空間を切り裂くようにスタートしてみたり、そこにできるいわば「新しいスペース」を体感する行為からのスタートを楽しむ趣向なのです。

その意味で、今回はステージ上には何の飾り気もなく、お客さまもおだやかにそのコンサートのはじまりを待っている・・いつもと違った空気なのです。そこにはいままでのような聴衆とパフォーマーの間の強い緊迫関係ではなく、温厚で柔らかな関係のようなもので満ちていて、始まる前から幸福感にあふれているのです。こんなライブは珍しい。何か新しい聴衆との幸福な関係の清水靖晃像が想像され、始まる前からこちらも暖かい気持につつまれるという体験でした。

定刻開演。ひときわ暗いステージの上で、靖晃さんひとりがまずは登場し、インプロビゼーションがはじまります。オリジナルのパフォーマンスと音色が、これからやってくる世界の幕開けを伝えるのですが、今回のようにはじめて清水靖晃さんを知る人が多いかもしれないコンサートにおいては、初対面の挨拶のような趣もあります。靖晃さん独特の音色。一見穏やでいてそれでいて純度のある音色により、ホール全体という空間に見事に大きな絵画がサキソフォンひとつで描かれていきます。当日の小降りの雨という湿度もよかったのでしょう、闇の中にやわからない色彩の音色がほどよく残響して、ちょっとずつ色が射されていくような感じなのです。そして、その音色空間全体に人々は包まれ、人々はあたたかくそれを迎えいれていく・・そんな無言のコミュニケーションによって会場全体が気持ちよく埋め尽くされていったのです。

聴衆の方もちょっと肩の力がぬけて、いい感じで緊張がほぐれたはじめところで、いよいよゴールドベルグのアリアがはじまります。コントラバス4本と清水靖晃さんだけです。このあたりが、靖晃さんの靖晃さんらしいところ。
まずは原曲にかなり忠実にバッハの世界を描いて提示し、バッハのゴールドベルグシリーズということでコンサートを期待してきたお客様にも納得していただくという感じでしょうか。このアリア終了のところで一息。拍手とともに、さらに、サキソフォネッツの4人が登場します。

普通のゴールドベルグの演奏会だと、ゴールドベルク全体がひとくくりにして演奏されるので、この楽曲間は息をつめて待っているところ。ここに一拍の小休憩があって、サキソフォネッツが入場してくるあたりの演出も考えられたところなのでしょう。

全員による第一変奏の第一音とともに、ステージに灯りが射しこみました。輝くような金色の光にサキソフォンがまぶしくさえみえます。それとともに、明るい、軽快なサキソフォンの音色が会場をつつみます。ゴールドベルグが本来もっていた緊張感だけではない、あかるく色彩感にあふれたゴールドベルグがそこに立ち現れ、お客様は、完全にひきこまれていきます。

一種リズミカルとでもいうべき第一変奏が終わります。期せずして拍手が起こります。やさしく笑顔でこたえる清水さん。サキソフォネッツをはじめ舞台に安堵というか素敵な信頼感の輪が広がるのが感じられた瞬間でした。

そしてこれ以降は、まさに清水靖晃、サキソフォネッツのバッハ・ゴールドベルグの世界。自由自在にバッハが、ゴールドベルグが、清水靖晃自身が解体され再構築され、靖晃ワールドがひろがります。お客様の緊張感も途切れることもなく、あっというまに前半が終わりました。

休憩中も会場のあちらこちらで談笑がみうけられ、終始あたたかいムード。

そして、後半は16番からスタート。いっきにすすんでいきます。1変奏曲ごとに拍手が入るので、純クラッシック・ファンにとっては、流れが中断してちょっと奇妙な体験だったかもしれません。しかし、そのときどきに、ステージ上の靖晃さんやサキソフォネッツの面々がうれしそうな表情で返してくるのが、ちょっとジャズ・ライブのよう。とても人間的で素敵な光景なのです。

そして、アンコール。お約束のバッハ・無伴奏チェロ組曲です。最初に靖晃さんのインプロビゼーションからはじまりました。これが絶品。縦横無尽に彼がサキソフォンを前後左右にふりながら奏でます。彼がいつも語っているかのごとく、音楽の粒子がそこからわき上がり、天にたちのぼっていくのがみえる・・。空間に細やかな音の粒子が拡散しながら広がり、溶けこんでいく・・そんな身震いするような体験なのです。天の神さまへの贈り物のように、音楽の粒がホール全体にやさしくそっと拡散し昇華していく光景は、それはそれはとても幻想的でした。

すべてが終わって、会場ロビーにあわれた靖晃さんは、多くのファンに囲まれて、とても穏やかであたたかな笑顔に満ちていました。前回の『オロチ』の公演のときも思ったのですが、ここにきて、サキソフォネッツとその仲間たちに囲まれた清水靖晃さんに、「チーム靖晃」というものが感じられます。かつての、ある種の超人的個人技のパフォーマンス、完全主義的靖晃ワールドの感じともちょっと違っていて、すべての人に寛容な、分け隔てなく多くのファンの人々を吸い寄せる「新しい靖晃像」がちょっとみてとれるような気がするのです。

僕にとってはどちらも好みの靖晃スタイルですが、この新しい柔らかい靖晃シーンをみるにつけ、この聴衆のひろがりが何か新しいはじまりを確信させるものでもありました。
今日のコンサートの聴衆はきっと、次にもっと多くの人々をまきこみ、連れてこられるに違いない、そしてそのお客様たちがさらに・・そういった多くのやさしい連鎖が、靖晃さんにさらなる流れを加えるかもしれない・・そんな想像をさせるのです。ちょっとワクワクすると同時に、こちらもそのお裾分けをいただき、やさしいこころあたたまる気持ちになって、ホールをあとにできた一日なのでした。

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Responses

  1. 本当にすばらしい演奏でした。
    こんな時間を体験したのは、初めてです。

    この記事を拝見して、
    あのときの音や雰囲気が蘇ってきました。
    たしかに、ちょっとジャズライブっぽい感じ、
    しましたよね。

    清水さんのあいさつを待つロビーの雰囲気、
    私も、とてもすてきな気持ちを味わいました。

    1週間近くたった今でも
    あの日に感じた空気がまるごと
    カラダに残っています。

    忘れられない、しあわせな体験でした。

    • hare_sora さま。コメントありがとうございました。
      清水靖晃さんの音色素敵でしたね。前回の「オロチ」のアグレッシブな感覚とも違う趣で、とても柔らかな音色が印象的でした。ぜひどこかで再演してくれないかなあ、と願っているのですが・・。


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