投稿者 undecuplet | 2010/04/24

アマゾン(amazon) キンドル・ストア( kindle store )による電子書籍流通と現代の図書館のありようについて

アマゾン(amazon)のこの第一四半期の売り上げが、前年同期比68%増とか。キンドル(kindle)も昨年のホリデーシーズンに驚異的な販売数を記録し、一説によれば、通常の書籍売り上げに比べ、電子書籍の売り上げの方が多かったともいわれています。

よく考えてみれば、キンドルを購入する人は本好きに違いなく、キンドルの便利さ、電子書籍の安価さを考えれば、ある臨界値を超えたら自動的にキンドル版の売り上げが上回ることは自明かもしれません。ましてや、iPadでもキンドル・書籍を読むことができ、ウィスパーシンクが利用できるとなれば、既存のキンドル・ユーザーは、たとえiPadであれ、このサービスを継続的に利用するでしょうから、これからもアマゾンの売り上げに占める電子書籍の割合は上回りつづけることが予測される気がします。

ところで、電子書籍の普及は、出版業界の脅威だという人もいますし、またデジタルデータによるコピーの容易化で音楽業界と同様のダメージを受けるという人もいます。音楽はMP3などの無料コピーによって、大きく影響をうけたのですが、では、書籍においてはどうなのでしょうか。実は、すでに、無料と「共存」しているというのが、正しい認識になるような気がしています・・すなわち図書館です。

図書館は、基本的には無料。図書館においては、本は「所有」することはできませんが、自らの意志があれば、本を借りたり、そこで読書したりすることができ、「主体的体験」をすることができます。

ですから、音楽と同義的な意味で、その業界を心配するのであれば、そもそも「図書館」と「書店流通」とのバランスなどについて考えるのが正しいのかもしれません。

図書館とは、一体いつからあるものなのでしょう。

世界史上早期の図書館として有名なものに、紀元前7世紀の、アッシリア王、アッシュールバニパルの宮廷図書館があります。アッシリア滅亡時に地下に埋もれたまま保存されたこの 図書館の粘土板文書群の出土によって、古代メソポタミアの文献史学的研究が大きく前進したとして知られています。

さらに下ってヘレニズム時代になると、紀元前3世紀のアレクサンドリア図書館が有名です。ここには薬草園も併設されていて、今日の植物園のような遺伝資源の収集も行われていたといわれています。つまり、今でいう図書館、公文書館、博物館に相当する機能を併せ持っていたのです。さらに、この図書館は、付近を訪れる旅人が本を持っていると、それを没収して写本を作成するというほどの徹底した資料収集方針を持ち、古典古代における最高の学術の殿堂となっていたといわれます。

歴史的には、学術研究用に資料を集めた場として、学者や貴族以外の者は利用できなかったり、利用が有料であった時代が長くありました。グーテンベルクの印刷術により本が大量生産できるようになって初めて「誰でも無料で」の原則が広まり始めたといわれています。

そして、現在。図書館の提供サービスは、「図書館奉仕(英:Library Services)」といい、代表的には次のものを定義しています。

lending service
copy service
リクエスト・予約 request service
参考業務(レファレンスサービス)reference service
相互貸借 interlibrary loan

また、図書館の設置ということについては、設置者別、サービス対象別に、次のように分類することができます。そして、興味深いことに、それぞれの図書館を規定する法律、所管の役所などが異なっているのです。

■設置者別

1.           国立図書館 national library
2.           公立図書館(都道府県、市町村立) public library
3.           私立図書館 private library

■サービス対象別

4.           国立図書館(全出版物の収集) national library
5.           公共図書館(地域サービスを目的とする図書館で移動図書館を含む) public library
6.           大学図書館 university library, college library
7.           学校図書館(小、中、高等、特別支援) school library
8.           専門図書館(特定の分野に特化した資料収集を行っているもの。企業内専門図書館も含む) special library
9.           その他(病院患者図書館、船員図書館、刑務所図書館、点字図書館、自衛隊図書室、幼稚園図書室、教会図書館、 大統領図書館など)

上記の中でもいちばん多いのが、自治体による公共図書館であり、その数は3300を超えます。また次に多いのは大学図書館で、いわゆる私大を含め1600にのぼります。

ちょっと回り道をしました。
実は、今日述べたかったのは、現代の「図書館」のありよう・・ということについてです。キンドルやキンドル・ストア
(kindle store)のような発展を通じて、書籍の流通システムの変革があったとしたら、それに対して、本来は、図書館というものの機能もさらに進化すべきではないか、と思うのです。

「読書」という行為は、あくまで主体的行為です。そのために、本を手に入れるためには、現実には、本を購入するか、本を借りるか、あるいは本のある場所にいかねばなりません。たとえば、キンドルのすぐれた点は、キンドル・ストアにより、24時間、シームレスで、60秒とまたずして、いつでも本を入手できることです。

とするならば、たとえば、本来キンドル・ストアのような24時間書店が拡大してきた段階で、図書館も24時間開館というサービスがすすんできてもいいのかもしれません。

試しに、24時間開館の図書館はどのくらいあるのかちょっと検索してみました。

自治体ではわかっただけでは、さきほど3000超存在していますが、検索して登場するところでは、以下のところしかありません。

■長野県・川上村:図書館の一部を区切った約23平方メートルの夜間専用のスペースに、文庫本6000冊、ビデオ300本、自動貸出機がある
■山口県須佐町(現・萩市):蔵書約4万冊のうち約3万冊を午後6時の閉館後も、自動貸出機で24時間利用可能。

まだまだ調べればでてくるのかもしれませんが、現状・・・残念ながらとても少なそうなのです。

大学図書館では、さすがにもう少し、多くのところで開館されているようです。
平成16年の調査になりますが、35の国立大学(全国大学の約40%)でなんらかのかたちで、24時間開館を実施しているようです。ただ、私立の大学ではほとんどきかないのが現状です。

また、公立大学では、最近話題の秋田の国際教養大学が、24時間開館をセールスポイントのひとつにしています。この大学は、米国的な大学教育のありようを目指しているところもあり、なるほどと思います。というのも、米国の大学ではかなり多くのところで、24時間開館しているとききます。実は、このあたりに、日米の大学のスタンスの差が如実にでているのかもしれません。

さて、もうひとつの視点は、図書館には、司書という図書の専門官がいるということも、キンドルなどの流通サービスと異なる、本当は大きな価値になりうる点なのかもしれません。
もちろん、司書の役割というのは図書館によってずいぶんと異なっていて、本の分類を主にする方々のケースと、むしろ利用者ヘルプに重点をおいているケースとあるようです。国によっても異なっていて、米国大学に留学した人の話をきくと、必ず、司書の方の能力の高さの話になります。日本では、なかなかこのようなお話をきかないのは、図書の整備という点に重点をおかれていることと、あるいは、おかれている環境の何かが日米で違うのかもしれません。

最後に、国際基督教大学の司書の松山さんという方のコラムを載せておきましょう。先日、井上ひさしさんが亡くなってまもなく次のような一文が書かれていました。図書館が利用者をただ待っているだけでなく、このように主体的な働きかけをすることも、本来、図書館がもつ魅力のような気がするからです

電子書籍の流通の急速な普及は、書籍というものに対して大きな衝撃を与えているのは事実です。
でもだからこそ、書籍業界には、さらにチャンスがあるのかもしれません。それは、読書という主体的な行為に対するはたらきかけが重要だという視点で、誰もが共通に認識しているからです。
キンドルというシステムは、どんな時でもすぐに入手できる、どこでも読めるという点でまったく新しい図書流通の考え方を提示しました。一方、国際教養大学、国際基督教大学などの大学図書館や、地方の一部の図書館は、
24時間や、積極的利用者への呼びかけなど、書籍利用について、主体的な取り組みをあらたにはじめています。

書籍は、受動的には楽しめず、あくまで主体的に「読書をする」という行為が必要です。そしてまた、「読書」には、その体験量によって、「読書力」が向上していくという普遍的特性があります。だとしたら、「書籍」はどんな形でも、より多く読んでもらわなければならないのです。

そのために、新しい電子書籍流通も、図書館もそれぞれにまだまだできることがあるでしょうし、それらのそれぞれの努力が、これからのマイクロメディアの時代に、書籍が有効な大切なものとして生き延びていくための、大事な道程のような気がするからなのです。


井上ひさし氏の訃報に接して(
2010413日)
(
ICUスタッフ松山龍彦)

201049日、井上ひさし氏が亡くなりました。小説・戯曲・エッセイと多くの作品を残してくれましたが、一般的には、「父と暮らせ ば」(ICU図書館に所蔵あり)の原作者として記憶されているのではないでしょうか。もともとは舞台上演された戯曲ですが、映画化で広く一般に知られるよ うになりました。ICU図書館にあるのは英文対訳。DVDを観ながら参照するのも面白いと思います。セリフの変更はありません。

オールドファンにとってはなんといっても、NHKの「ひょっこりひょうたん島」です。後々まで、ドン・ガバチョの有名な笑い声「ハタハッハ」は、 ハッハッハと手書きしたのを読み間違えたせいだったとか、ちくま文庫全13巻は、一ファンの小学生が毎日、学校から一目散に帰宅して、テレビの前で一所懸 命ノートにとってくれた賜物だとか、その時々に話題を提供してくれたものです。なお、この小学生伊藤悟くんは長じてから、ひょうたん島と自身との関わり合 いについて何冊かエッセイを書いていますが、ICU図書館には、彼が自分のことを別のテーマで発表した図書が数冊あります。

ところで、NHKといえばもう一つ、テレビ史上初と話題を呼んだ、日本語字幕入り日本語ドラマ「國語元年」を1985年に放送しています。全国統一 話し言葉の制定を命じられた長州出身の官吏南郷清之輔が、薩摩出身の妻と岳父、江戸や遠野やその他から来た奉公人たちの、それぞれのことばが飛び交う中 で、文明開化語なるものの創案に狂奔する、というストーリーでした。

井上氏本人も愛着のある番組だったようで、ずっと以前に「再放送してくれないかなあ」と言っていたのを読むか聞くかした覚えがありましたが、 2004年になって突如、待望の再放送が実現しました。逸る心でテレビの前に陣取って視たのはもちろんのこと、全5回を録画したビデオテープは、まさにお 宝です。(現在はDVD発売中)

さて、このテレビドラマの原作「國語元年」は昭和60年に、中央公論社「日本語の世界第10巻 日本語を生きる」(ICU図書館に所蔵あり)に収録 されました。全425ページの3分の2を占めています(のち中公文庫)。

そのほぼ一年後、今度は新潮社から「國語元年」(ICU図書館に所蔵あり)が刊行されます(のち新潮文庫)。ところが、ここではテレビと違って清之 輔の息子は登場せず、また、一人は役名を少し違えてあります。話の運びも異なっている。よく見ると、タイトルページには、書名と著者名のほかに、新潮社で はなく「新潮社版」の4文字が。

実は、新潮社版は舞台用の戯曲版を刊行したもので、同一著者による同一書名の本が、異なるテキストで存在している訳です。似たところでは、やはり新 潮社の、恩田陸著「六番目の小夜子」(ICU図書館に所蔵あり)に、最初の文庫版とその後の単行本とで異同がありますが、これもテレビドラマ化が一因と なっているようです。なお、福田恒存の「私の國語教室」(ICU図書館に所蔵あり)は、中公文庫でも新潮文庫でも(文春文庫でも)刊行されましたが、これ はいずれも再刊でした。

他の戯曲も読んでみたい方には41作品を収録した「井上ひさし全芝居 全5巻」(ICU図書館に所蔵あり)がお勧め。当初は全3巻で刊行されまし た。追加された第4巻には上記の「國語元年」戯曲版のほか、昭和庶民伝三部作の「きらめく星座」、「闇に咲く花」、「雪やこんこん」、もとは同三部作の第 二部だった「花よりタンゴ」その他を、第5巻には1993年刊行の「マンザナ、わが町」までを収録しています。

これ以降のものについては、主に文芸誌「すばる」(ICU図書館に所蔵あり)に掲載されています。20095月号の「ムサシ」は来月にロンドンか らの凱旋公演のはずが、追悼公演になってしまいました。

小説では「吉里吉里人」(ICU図書館に所蔵あり)が、日本SF大賞と読売文学賞をダブル受賞して、おおいに洛陽の紙価を高め、余勢を駆って映画化 の構想もあったそうです。吉里吉里国の独立と挫折の顛末を記した、834ページ2段組のこの大著は、「読むのに、物語の中で流れる時間と同じだけの時間が かかる」ことを意図したともいい、読了には二日間ほど必要だそうです。

ゴールデンウィークを利用してとお考えでしたら、もう1冊、紹介したい本があります。「井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法」は、前文と第九条 を易しく書き改めた「絵本」と考え方や内容を説明した「お話」に、資料として日本国憲法全文を付した、小学生を対象とする70ページの小冊子ですが、この 本に込めた氏の思いは「はじめに」と「あとがき」に、十分にうかがわれます。

モットーだった「むつかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをゆかいに」(いろいろ異同あり)をどのように実践しているか、とい う点でも興味深い本です。子ども向けだからとか、憲法なんてと思わないで、気軽に開いてみてはいかがでしょうか。

井上氏は、ある対談で「早稲田の仏文と慶応の図書館学科に受かったのですが…上智に入ることにしたのです…」と受験当時を振り返っています。ひょっ としたら我々の上司だったかもと、つい想像してしまいますが、やはり才能はしかるべきところを得て大きく開花しました。浩瀚な遺産に感謝し、心よりのご冥 福をお祈りいたします。

「父と暮らせば」912.6/In57cE
「日本語の世界第10巻 日本語を生きる」810.8/N775/v.10
「國語元年」912.6/In57k
「六番目の小夜子」913.6/On65r
「私の國語教室 増補版」811/F74w/1975
「井上ひさし全芝居 全5巻」912.6/In57i v.15
「すばる」P/913.6/Su11
「吉里吉里人」913.6/In573k
「井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法」講談社 2006


Responses

  1. つい2日前、十数年ぶりに故郷の県立図書館のカードを作りに行ったところです。返却を近所の公立図書館でも受け付けてくれるなど以前より利便性が向上していました。「無料と共存」というのは、なるほどそうだ、と思います。ボルヘスの図書館ではないですが、本に囲まれた空間に身を置くことの愉悦は、われわれの遺伝子に組み込まれている本質的なものじゃないかなと思います。

    • ボルヘスですか・・「砂の本」を思い出しました。確かに、本とともに存在できる快楽は、DNAかもですね。


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