投稿者 undecuplet | 2010/05/27

逆説の原理:SPANNKOSMO

世の中には奇をてらったアーティストは山ほどいる。しかし、オリジナルな自己表現をめざしつつも、逆にそれがある種の日常、ある種の中庸をみごとにえぐりだすアーティストもいる。その意味で、SPANNKOSMOのライブでは異質で非日常なものがまじりあって日常になる・・ある種の逆説の原理の実証実験空間が、見事にそこに誕生していたのだ。

曲目は・・・

1.ひまわり
2.金平糖
3.銅の小箱
4.風が通るよ
5.熊追いの歌
6.透明の向こう
7.碧馬は東方へ向かう
8.synapse
~誰になるかな?~
9.土と布
10.北の国の友達へ
11.膨張曲線
12.海宙神話
13.箱の中の子ども

アーティストは・・・

日比谷カタン
熊坂義人
波多野敦子
イガキアキコ
オラン
熊坂るつこ
安宅浩司
オッシー
バッキー
岩原智
駒沢れお
尾引浩志
やまぐちまさ
山口けいこ
ウエッコ
idehof
そらな

参加アーティストの誰もが相当の技量をもつ。そして、それぞれの世界をもつ。しかし、それらがいったんスパンコとの競演となると、まるで凸レンズの焦点のように日常の総和となり収斂される。そこがまさにスパンコの力であり、妙味なのだと思わせられる。あの日比谷カタンの毒気でさえ、全員のアンサンブルの中では、ひとつのパーツになってしまうのだ。

音楽は、神様の与えてくれたものと、人間の創造するものと、どちらからかのルートで作品に迫っていくのだろう。異なる人間が集合し、ひとつの音楽を奏でるとき、そこに計算されたアンサンブルがある場合もあるが、ごく稀にゆらぎをもったそれでもある種の範囲におさまった、ある形をもった音楽になる場合がある(もちろん、こころざしはあっても、ひとつの音楽に収斂されないケースこそ一番多いのだが・・)。

このゆらぎをある種の美学として、その定められた範囲の囲いの中に、本来獰猛であるべきミュージシャンたちを閉じ込めたのは、ミキサーのイデホフさんの妙技に違いなかった。どの曲も、どの編成も、すばらしい音場空間だった。

音楽は、常に演じる人がいちばん楽しい・・ある種の真実である。そして、それをともに分かち合えた観客は、また幸福の一部をお裾分けされた幸福な体験である。だとすれば、それはやはり楽しい行為そのものであるのは間違いないと思わせられる一夜であった。

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