地球を球として俯瞰した視座:石川直樹

 
登山家であり、写真家である石川直樹さんの
展覧会(この星の光の地図を写す)をみた

300枚を超える彼の作品を一望できる

昔、山岳写真家というと白川義員に代表される
光と影のワンチャンスをねらった絶景が
常に想像された

だが石川の写真には、
風景というよりむしろ
人間の営みが
極地という人間にとって過酷な状況のもとでも
普遍的に存在しうる
そんな人間へのある種の尊敬に似た
気持ちの投影がある

雪深い北極での犬ぞり
そして、食糧である動物たち
命を互いに委ねあう関係にだけ
たちのぼる
尊い関係性がそこにはある

今回の展覧会の展示方法もすてきだ
いくつかの部屋がカーテンで仕切られ
まったく異なった明るさの部屋で鑑賞する

写真はみる者の環境というか、心持ちによって
同じものであっても同じではないという・・
つまり、観る者自身の投影がそこにあるということを
無意識のうちに観察者に伝えるという点で
見事だ

いずれにせよ彼の写真にあふれる視点は
あたたかい
どのような過酷な環境であっても
それを自分の外のものとしてではなく
環境と一体となった自分の延長線上に
それをとらえる

その視座が心地よい

 

 

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歌姫:畠山美由紀 目黒パーシモンホールで「wayfarler」を歌う

 

 
冨田ラボプロデュースによる最新アルバム「wayfarler」の
お披露目ライブ

 

 
畠山美由紀
冨田恵一
鈴木正人(bass)
小池龍平(Gt)
真城めぐみ(cho)
平 陸(Dr)

 

 
最小編成によるバンドといった感じだろうか

 

 
wayfarler からの曲を中心に、
過去のアルバムからも紹介するという
いいとこどり

 

 
僕は「罌粟」がいちばん好きだったかな
詞は松本隆
難しい歌ながらそこが彼女の歌のうまさを
ひきたてる見事な一曲

 

 
最初、ステージの大きさになじめず
バンドの音が拡散していた感じだったが、
数曲目の罌粟の次の曲あたりから
みんな感じがわかってきたようで
濃密なバンド音色を楽しめた

 

 
畠山さんは、高音を武器にしているところがあるが
実は、低音がチャーミング
それもまわりこんで演じる低音の歌の表現が
彼女の真骨頂

 

 
そして、もちろんバンマスの冨田恵一さんも
見事だが、
いつものとおり、コ-ラスの
真城めぐみさんも遺憾なく実力を発揮
コーラスがきまったときの冨田さんの音楽が
その狙い通りのよさを発揮する

 

 
お披露目にぴったりの2時間だった

 

 

 

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別役実さんの時代を超えた傑作:『あーぶくたった、にいたった』
新国立劇場ではじまった
こつこつプロジェクトの第一弾
リーディング公演の『あーぶくたった、にいたった』を観た
朗読劇『あーぶくたった、にいたった』作別役 実 演出:西沢 栄治
出演:龍昇 中原三千代 佐野陽一 浅野令子
素晴らしいとしかいいようのない
濃密な空間がそこに登場した

こつこつプロジェクトとは芸術監督の小川さんがはじめたプロジェクト

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作り手が、試し、作り、壊し、また作る場。
長期的に作品を育てるプロジェクトが始まる。

「作り手が、通常の一か月の稽古ではできないことを試し、
作り、壊して、また作る場にしたい。」という芸術監督の意を受け、
一年間を通して作品を育てていくプロジェクトです。

今シーズンでは、最初の一歩としてリーディング公演を披露し、
その後定期的な発表を経て、作り手と芸術監督、新国立劇場とが議論と
コミュニケーションを重ね、作品を練り上げ、最終的には通常の演目として数年後の本公演を”こつこつ”長期的に目指します。時間に追われない稽古のなかで、作り手の全員が問題意識を共有し、作品への理解を深め、舞台芸術の奥深い豊かさを一人でも多くの観客の方々に伝えられる公演となることを目標とします。
この度はこの主旨に賛同いただけた、
新進気鋭の三人の演出家がこの壮大なプロジェクトに参加いたします。
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++++++++
あらすじ(プログラムに書かれたもの)
ある婚礼で幕が上がる。新郎新婦は、
まだ生まれぬ子供との将来を想像している
会話の中で彼らのこどもはどんどん成人し、
仰天な顛末を迎えてしまう。
楽しい新婚時代から、子どもも生まれ落ち着いた結婚生活、
そして老夫婦へ。
あちこちをぐるぐるしながら
たどりついた果てに、
二人の上にチラチラと雪が舞いはじめる・・・・
++++++++

このあらすじでもたぶんまったく想像がつかないだろうと思う

とにかく出演者は台本をもって登場し
ほとんどリーディングをするだけ
だけれど、観る者の頭の中に
現実の芝居以上の演劇空間が生まれ
深い感動があるのだ

特に最年少の「女1」を演じる浅野令子さんが素晴らしい
プログラムによれば新国立劇場研修所第一期生とのこと
この劇場が育てた役者がこのように羽ばたくとは
おそれいる
というか、新国立劇場の存在意義がさらに重要になることの
証左でもあるのだろう

何か物語の素晴らしさ、演技のすばらしさを
僕の手で上手に伝えられないのはもどかしいが、
機会があればぜひみてほしい
チケットはわずか2000円
濃密な別役体験がそこにはあった

 

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fazioliならではの中低音のあたたかさが心地よいバッハ

 

アンジェラ・ヒューイットによる the bach odyssey の8回目
今回もファジオリの音が紀尾井ホールに心地よくこだました

 

J.S.バッハ:
トッカータ全曲
半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903
カンタータ BWV208羊は安らかに草を食み

 

今回のバッハは基本的に右手が中心の曲だ
ファツィオリの音は、中域から下方にかけての
音がとてもあたたかく、やさしくチャーミングだ
人肌のぬくもりとでもいうべき人間味があふれている

 

そして紀尾井ホールの響きすぎない残響が
このファツィオリの中庸な音色とあいまって
とても心地よい
濁りはないが、決してきらびやかでもない
そのあたりまえの人間の声のようなやさしさが
いいのだ

 

ちょっと癖になるなごみ方だ
また、つづきをききたいと思った

 

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平田オリザ演劇展VOL6 は時代の逆説的証左でこれ以上面白いものはない

 

 
芝居の感想を語るのは難しい

その場でしか存在しない空間を
再表現するのは
不可能だからだ

 

音楽のlive 中継よりも
芝居の中継番組が
しらっとするのは
その難しさの
証左といえよう
青年団は
ずいぶんと以前から
こまばアゴラという
自分たちの小屋をもっている

 

その空間があるからこそ、
生まれる芝居には
一定以上のオリジナリティが
常に見事に昇華されている
だから平田オリザさんの芝居を
みにいくのは、常に楽しみだ

 

今回見た「平田オリザ演劇展 vol6」の
「隣にいても一人」
は再演・・見事に楽しめた

 
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『隣にいても一人』

「そりゃ困るよ、急にこんな夫婦だなんて。」
朝目覚めると何故か夫婦になっていた昇平とすみえ。
離婚の危機にある彼らそれぞれの兄と姉。
二組のカップルを通して、夫婦のあり方を淡々と綴っていく平田オリザ流不条理劇。

『隣にいても一人』※A〜Cの3通りのチームで上演します。
【A】山村崇子 秋山建一 海津 忠 林 ちゑ
【B】根本江理 太田 宏 伊藤 毅 福田倫子
【C】藤谷みき 伊藤 毅 吉田 庸 木引優子

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ある朝、突然、「夫婦だ」と確信した
カップルがいくらそのことを述べても
誰からも信用されない

 

そう、夫婦とは、法律でも客観でもなく
ただただその「夫婦」ということばにだけ委ねられるもの
というのが次第に明らかになっていく

 

彼の芝居に常に流れる
「ことば」を発することにより
「ことば」に縛られる人間のありよう

 

(まるで現在の宰相の発することばに対する感覚の真逆にあるのだが)

 
僕はこの芝居をBチームの配役でみたが
とにかく笑いの連続だった
人間のもつ本質的おかしみが「ことば」によって
あふれだしてくるのだ

 

とくに、個人的には妹役の
福田倫子さんの
現実感あふれるありようが
とても楽しかった

 

何度でも何度でもくりかえしみて
その世界を楽しみたいと
思った演劇展だった

 

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鬼才発見:ピーター・ベンス( Peter Bence )

新しい音楽の歓びの発露とは
こういう形をいうのだろうか
彼の素晴らしいピアノテクニックによる演奏のすごみと同時に
見ている者も幸せにする何かがある

動画で偶然発見したが、ハンガリー出身でバークリー音大で
学んだ天才だ
彼は数学にも造詣が深くフィボナッチ数列の音楽とかも
公開しているが、なかなかチャーミングな作曲作品

ピアノの早弾きでギネスの記録を持つほか
youtube の欧州での爆発的ヒットで
一躍有名になった

BBCほかでもずいぶんとりあげられ、
コンサートもひらいている
早く日本にきて、実際のライブで彼を見たい
とにかくこうした才能が次々と誕生するから
音楽は楽しい

 

 

 

 

 

 

こんな演奏が実際に起こったとはまだ信じられない
ツィメルマンの前半のショパンは
心技体がすべてが完全に整い
その上で無心のように完璧にコントロールされた
ピアノサウンドだった

オペラシティの1階上手側の席で聴いたのだが
これ以上極上のピアノは、たとえどんな理想的なオーディオ機器で
あっても再現できまい

高音のリリシズムから無駄な濁りの一切ない低音まで
ピアノどして理想を想像したとき以上のピアノが
そこにはあった
そう、まさにピアノのおいしい成分だけが(稚拙な言い方ですまない)
提示された感じともいえるかもしれない

 

最近の僕は健康ではなかったけれど
音楽浴というのが治療であるとすれば
今日のツィメルマン・サウンドはまさにそうだった
ああ、人生の中でこのような体験がもう一度できるとは思えない
こんな表現ばかりで申し訳ないが、まさに今日の
ツィメルマンのショパンの 4つのマズルカ Op. 24 は
神様の思し召しのような時間だった

 
ショパン:4つのマズルカ Op. 24
第14番 ト短調 Op. 24-1/第15番 ハ長調 Op. 24-2/第16番 変イ長調 Op. 24-3/第17番 変ロ短調 Op. 24-4

ブラームス:ピアノ・ソナタ 第2番 嬰へ短調 Op. 2

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ショパン:4つのスケルツォ
第1番 ロ短調 Op. 20/第2番 変ロ短調 Op. 31/第3番 嬰ハ短調 Op. 39/第4番 ホ長調 Op. 54

—————————
(アンコール)
ブラームス:4つのバラード op10:1,2.4

 
アンコールがあったのも珍しい
いつも完全燃焼で、アンコールをしない
ツィメルマンにとってもここのところ調子がいいのだろうか
とてもいい笑顔を浮かべて
カーテンコールの舞台にあがってきていた

今夜は神様に感謝のことばしかない・・ありがとう・・
そしてツィメルマンが存在したことに・・ありがとう

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キット・アームストロングさんのコンサートとても楽しかった。

まったく新しい体験のようなコンサートだった。

音楽史や音楽の背景にはまったくの門外漢の感想だが、
音楽の表面的な美しさを気持ちや情感をたっぷりこめて表現するのではなく、
楽曲を微分して微分して微分して、その最後に
公理のような真理のような美しさをみつける・・その過程を
明らかにしてみせていく・・というようなことを試みているような
知的な楽しさを全体を通じて感じた。

不調法ゆえ、今回のコンサートで知っている曲はひとつもなかったのだが、
そうしてみせられていく音楽の根幹にある真理の共通の美しさ、
そしてそれがみえてくる過程といったものを
いっしょに楽しもうよといっているように思える
アームストロングさんのコンサートへの姿勢、
プログラムの作り方がとても共鳴でき、わくわくした。

彼の目の先の虚空にはまるで黒板があって、数式が順次書かれているよう。
そしてその真理を明らかにしていく過程の純粋さのために、
通常であればメロディーや旋律の美しさをひきたてるような区切り、
息継ぎをあえて極小化し、平坦にコントロールされた情緒の中で
知性的な感情の喜びを伝えていく・・通常の音楽言語の様式にはない
表現方法で、僕にはとても饒舌な新しいタイプのコンサートに思えた。

プレトークのコーナーもよかった。
アームストロングさんの音楽への姿勢が、
もし紙に書いたものがあったとしても
それだけではわからなかったかもしれない。

彼の端正な語り口で語られる、好奇心が・・
トークの形だからこそ伝わってくるものがある
欲をいうならば、質問者があえて道化役をして彼をひきたてるのではなく、
もっと根幹の理解に共鳴しあって、アームストロングさんの、
とても頭の回転の速いキラキラしたうれしそうな表情になるところを
みたかったような気もする。

またみてみたい・・ふしぎな新しい出会いを感じるアーティストだった
クープラン:パッサカリア ロ短調(クラヴサン曲集 第2巻 第8組曲 ロ短調)
バッハ:ソナタ ニ短調 BWV527(トリオ・ソナタ第3番 ニ短調 BWV 527)
フォーレ:9つの前奏曲 Op. 103
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バード:ウォルシンガム
バード:セレンガー・ラウンド
バード:鐘
リスト:バッハの動機による変奏曲 S180

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投稿者 undecuplet | 2019/03/01

妖しげな夜:熱帯樹

妖しげな夜:熱帯樹

熱帯樹・・妖しいひびきだ
これが三島作となるとなおさらだ

彼の妖艶なそしてヒリヒリするような世界が
そこにはある
言語というものを通じてだけ
可能な世界がだ

そして純粋をつきすすめた人間だけの
おそろしい歓びが
その脇によこたわる
【作】三島由紀夫 【演出】小川絵梨子
【美術】香坂奈奈 【照明】松本大介 【音楽】阿部海太郎 【音響】徳久礼子
【衣裳】原まさみ 【ヘアメイク】鎌田直樹 【演出助手】渡邊千穂 【舞台監督】澁谷壽久

【出演】林遣都 岡本玲 栗田桃子 鶴見辰吾 中嶋朋子

あいにく僕は北の国からをみていない
だから中嶋さんの若い時を知らない
だがこの芝居における彼女は
見事にすべてを支配している
ちょっとうわずったような声のかすれ具合が
年齢を重ねた女のすごみを提示する

鶴見辰吾さんも、「チルドレン」につづいて拝見したが
とてもいい味わいのある人をたくみにつむぎだす

上演時間は3時間近くと長いが
この世界にひたるためには
この長さが必要なのだろうとも思う

またこの世界の抽象化を素敵になしとげた
美術も見事だった

おすすめです
(世田谷パブリックシアター トラムにて)

 

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傑作揃い・・青年団 平田オリザ・演劇展 vol.6
いやあ、楽しみにしていたのですが、超おもしろかったというか
充実した時間をいただきました
「ヤルタ会談」も面白かったけれど、
特に、「忠臣蔵・武士編」がすばらしかったです
++++++++
『忠臣蔵・武士編』『忠臣蔵・OL編』
「だからさ、こう討ち入り目指してく過程で、だんだん武士道的に
なっていけばいいんじゃないの、みんなが。」
平和ボケした赤穂浪士たちのもとに、突如届いたお家取り潰しの知らせ。
その時、彼らは何を思い、どのように決断したのか?
私たちに最も馴染み深い忠義話の討ち入り決断を、
日本人の意思決定の過程から描いた、アウトローな『忠臣蔵』2バージョン。
*上演時間:各約60分

『忠臣蔵・武士編』
大塚 洋 大竹 直 海津 忠 秋山建一 島田曜蔵 中藤 奨 吉田 庸
++++++++

大塚さんの大石がひょうひょうとしていてとてもいいのです
そして、チームワークというか、脚本の感覚がなんともいえずすばらしい

最近、僕らのまわりの世界では、日本語が何かとても軽い、というか
軽視されていて嘘も平気な人が多発していますが
この芝居の中では、言葉に人は縛られ、言葉で解決していく・・
その妙味が、なんともいえずいいのです

全然解説になっていませんね
でも、楽しいのでみなさん是非ごらんください
御代に損はさせません・・ぜひぜひ

 

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サントリーホールに吹いた春の嵐:N響・春の祭典ほかストラヴィンスキー

今日は異様にあたたかった
こんな日は春の嵐と相場がきまっている

N響の定期公演は、ヤルヴィ指揮のストラヴィンスキー祭り

ストラヴィンスキー:
幻想曲『花火』 Op.4
幻想的スケルツォ Op.3
ロシア風スケルツォ
葬送の歌 Op.5

バレエ音楽『春の祭典』

 

前半の小曲からストラヴィンスキーらしさが充満する
前半最後の「葬送の歌」では、終了直後に余韻を待たずして「ブラボー」の声がとび
別の客が、休憩時間にそのブラボー客にむかって詰問するという
何か通常にはない雰囲気がすでにただよっていた

メインイベントはもちろん後半の「春の祭典」
だが、このパート1で、打楽器が走り始めた
予定にない状況・・全体がばらばらになっていって
N響としたところでとりかしがつかない
混乱のままパート1は終わった

一息ついて、パート2
これがうってかわったように、ヤルヴィの指揮がさえる
みごとに調和した、みんなが待ち望む「春の祭典」がそこには
あり、大団円を迎えた
やまぬ拍手

いろいろあったけれど、ストラヴィンスキーは、やっぱり
一筋縄ではいかない
でもそこが楽しい

ストラヴィンスキーの吹かした春の嵐の一夜だった

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変拍子の嵐・・・挾間美帆 ラージ・アンサンブル

ビッグバンドの一種なんだろうけれど、
いわゆるブラスに、弦クワルテットが加わったような
ラージ・アンサンブルの旗手・・ハザマミホさんのライブを
ブルーノートで聴いた。

Miho Hazama(conductor)

挾間美帆(コンダクター)

Tokuhiro Doi(as)

土井徳浩(アルトサックス)

Ryoji Ihara(ts)

庵原良司(テナーサックス)

Naoya Takemura(bs)

竹村直哉(バリトンサックス)

Mitsuru Tanaka(tp)

田中充(トランペット)

Ikuhiro Hayashi(fhr)

林育宏(フレンチホルン)

Aska Kaneko(vln)

金子飛鳥(ヴァイオリン)

Miho Chigyo(vln)

地行美穂(ヴァイオリン)

Atsuki Yoshida(vla)

吉田篤貴(ヴィオラ)

Yumi Shimazu(vc)

島津由美(チェロ)

Yoshihiko Katori(vib)

香取良彦(ヴィブラフォン)

Koichi Sato(p)

佐藤浩一(ピアノ)

Sam Anning(b)

サム・アニング(ベース)

Jake Goldbas(ds)

ジェイク・ゴールドバス(ドラムス)
最新オリジナル・アルバム『ダンサー・イン・ノーホエア』の
お披露目といったところ
アルバムより、今回のライヴの方が僕は相当楽しめた

とにもかくにも、でてくる曲、でてくる曲が
変拍子の嵐
こういったタイプの楽曲好きにはたまらないだろう

彼女のチャーミングな魅力と変拍子特有のグルーヴ感
あわせて演奏した『ザ・モンク:ライヴ・アット・ビムハウス』に
入ってた曲も素敵だった

セカンドステージをみたのだけれど、
曲がすすむにつれ、観客の温度があがっていくのが
わかって楽しい

彼女だけにみえている「変拍子」楽曲の世界の先にあるもの・・それを
僕も早く感じてみたいと思った夜だった

 

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投稿者 undecuplet | 2019/02/19

祝カツァリス 日本公演30回

祝カツァリス 日本公演30回

カツァリスは日本が好きなアーティストの筆頭だろう
それだけに、今日も馴れた感じで
独創の1曲目がはじまる
なにげなしに「さくら」が顔をだし、
10分余りの余興が終了する

多くの客はポカンとした様子
この感じで、今日はどのくらいが真のカツァリス客かを
彼自身判断しているに違いない

カツァリスのピアノは重くはない
それは、フランス料理のフルコースではなく
ビストロのような感じといった
洒脱な軽やかさに満ちている感じといえばいいだろうか

誰でもが楽しめる軽やかさではいりながら
かなり考え抜かれた彼自身のオリジナリティが
そこかしこに顔をだす
彼のリサイタルで楽しめるかどうかは
この感触が好きかどうかでわかれるのだろう

今夜のコンサートは日経ホール
この場所でのコンサートは、たいがい通販のF社の協賛で
彼らに招待された客と日経新聞が招待した客が
半分以上を占める
つまり純粋なカツァリス客は少数派でその分
彼にとってはアウエイなのだ。

だが一部も二部も弾き終わったあとすぐに拍手をする人は
おらず、十分な余韻を楽しんで拍手がわいた
この集中力の途切れがちな観客の中で
彼が彼らをぎゅうじった瞬間だ
見事だ

そしてアンコールの二曲目は盟友のルグラン追悼。
カツァリスとルグランの曲は相性がいい
いいお見送りになったのではないか・・
そんな一夜だった

 

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代打満塁ホームラン:ガブリリュク 最高のラフマニノフ
N響定期Cプログラム
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
プロコフィエフ/交響曲 第6番 変ホ短調 作品111
ガブリリュクは、1984年8月ウクライナのハリコフ生まれ。
7歳よりピアノを始め、ヴィクトル・マカロフ氏に師事する。
1998年オーストラリア音楽学校及びセント・アンドリュース
カテドラル学院の奨学生としてシドニーに移住。
その後、1999年ホロヴィッツ記念国際ピアノコンクール第1位
及びオーストラリア・ピアノコンクール第1位、そして、
2000年11月に行われた第4回浜松国際ピアノコンクールで、
審査員満場一致で第1位に輝いた伝説の人だ。
同コンクール審査委員長の中村紘子氏は、
“信じられないほどの完成度で、超絶技巧だけでなく、
つややかでロマンティックな音楽性をもつ
「20世紀後半最高の16歳」”と絶賛したという。
代演は難しい。本来カティア・ブニアティシヴィリなので
チケットを買った人は多いはず。
彼女のオリジナリティあふれる才気あふれる演奏は
代替がきかない。
さて、代演者はどうするか。
彼女のとは違ったオリジナリティでせめるしかない。
そして、ガブリリュクのラフマニノフはそれに違わず
素晴らしい彼らしいプレイだった。

すべての音にこころがこもっており
弱音もフレージングもベスト
特に小さな音にまで貫徹した芯のあるタッチが
見事だった

あわせてN響も落ち着いた演奏で
今日は成熟したラフマニノフを堪能できた一日だった
コンサートは蓋を開けてみるまでわからない
また今日も偶然、新しい感動が生まれたところに
立ち会えたのだから、たまらない。
コンサート通いはやめられそうにない。

 

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新しい時代の到来:クルレンツィス&ムジカエテルナ&コパチンスカヤ

クルレンツィス指揮ムジカエテルナ演奏
チャイコフスキー:ヴァイオリンコンチェルト
チャイコフスキー:悲愴

(コパチンスカヤ:アンコール)
ミヨー:ヴァイオリン クラリネット ピアノのための組曲
op1576 第二曲
リゲティ:バラードとダンス(2つのヴァイオリン編より)アンダンテ
ホルヘ・サンチェス・キヨン:クリン1996 コパチンスカヤに捧げる

 

 

オーチャードホールで聴いた
満席、すごい熱気だった

1曲目はおなじみのチャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルト。
しいていえば、これはロックだ。
かつての王道の演奏ではない。
すごいスピードの調整、いわばメリハリと躍動感。

そうそう、彼女はステージ上で靴をぬいではだしで演奏する。
その分、ちょっと音量が小さくなる感じはあるけれど、この演奏の
新しさは、それを超えて十分に面白い。
クラシックで新しい体験はなかなかないものだが、
新しい若手の時代・・平成の次の時代の到来にふさわしい新しい試みだった

後半は悲愴。
これも新しい、なんせチェロ以外、全員立って演奏するのだ。
だから、体全体で演奏し、そのグルーブ感は半端ない。
そう、つまり全員がソリストであるかのような、すごい起伏の波が観客に
伝わる。
それでいて、クルレンツィスの指揮は下品にならない。
ティンパニと申し合わせたように、見事にそのグルーブを昇華させる

クルレンツィスの「悲愴」が一昨年の日本でのクラシック売上げナンバーワンだった
ことからもあるように、今日の観客はどうも一見さんではなかったようだ
第三楽章の終わりでも拍手はおきなかったし、
第四楽章の終わり、クルレンツィスがじっと黙祷のように1分近く沈黙を守ったのは
全員が見届けた。
そして、オーチャードでかつてきいたことのないような熱気の拍手。

まさに新しい時代の到来を予見する出来事にたちあった一日だった

コパンチンスカヤ

 

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